小学生の時、短刀で遊んでいた事があります。

日常のこと
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アラフィフの私のおはなしですが、子どもの頃というか、21歳で一人暮らしするまでとっても田舎に住んでいました。

最寄りのバス停には徒歩で15分。そこからバスに15分乗ってやっと最寄駅です。

なので、家の周りは山と田んぼばかりで高校生くらいにはその事が凄くイヤだったんですが、そこでの生活は今思えばとても楽しいものでした。

ついこの間の様に思うんですがもう40年以上前です…。

当時の遊びをいくつか書いてみます。

・川遊び

近くの川で、兄とペットボトルで「しかけ」を作り小魚を取っていました。

小川の端の方に小魚が入り込みそうな水路を作り、そこにペットボトルを横半分に切って、口の側を中に向けて差し込むんです。ペットボトルには水が流れるように細かな穴をぶすぶす開けて。

中にはミミズとかをその辺で掘りおこして入れてたりしたかな。あとはご飯粒とか。

で、一晩待って翌日見に行くと小魚が入ってる時もあるし、ペットボトルごと何処かに流れちゃってる時もある。

しかけてる作業が結構楽しくて、良くやっていました。

・山を探検

これ又3つ上の兄と一緒に、その時飼ってた雑種犬ブクを連れてよく山に探検に行きました。

小学生低学年の私と中学年位の兄と、今考えるとちょっと危ないけれど、ものすごく遠くに来たと思ったら一つ山を超えていて、突然ふだん親と一緒に車で走る事のある県道に出た事があります。

そこからは、すごすごとブクと一緒に県道を歩いて帰りました。県道歩いたら30分位の距離でした。県道に出なかったら帰れたのかなと考えると怖いですが、でもそれでもなんとか出来た気がします…。

・裏山で杉の葉滑り台

裏山にいい感じの赤土むき出しの斜面があったんです。10メートルくらいでしょうか。近くに落ちてる杉の枝を集めてお尻に敷いて、そこを滑り台にしていました。これも兄妹のブームでした。

杉の葉ひいてもズボンはかなり汚れてたハズですが、叱られた覚えは無いんです。ありがとう母。

・基地づくり

家の蔵から出てきた、ご先祖様の錆び錆びの短刀を兄妹で研いで、山の中で小枝を切り落として基地を製作していました。これはかなりな危険度です。もう完全にアウトですね。別に親に内緒でしていた訳でもないんです。確かその短刀のサヤの部分を補強してくれたのは父だった覚えがあります。

わが家の両親、特に父はとても怖い昭和の親父でしたし、母はPTAなんかも積極的なタイプだったはずですが、ある部分がゆるゆるだった様です。

 

 

こんな事が普通だと思って育ち、反動でしょうか、結婚してからは至って普通の住宅街に住んでいます。

色々なルールがきっちり守られている環境の良いところですが、この環境って子どもにとって本当に「良い環境」なのかなと思えてきます。

時代の流れに添うのはもちろん大切なんですが。

田舎の日帰り体験とか、キャンプとか、そういう与えられた自然でいいのかな?

人類も進化するだろうから、もう自然との触れ合いはそう重要じゃ無いのかなぁ。

 

それでも私と夫はやはりリタイアしたら山に小屋も持ちたいな(´∀`)

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